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告知のインフォームドコンセント 1
~ 欧米人と違う死生観 ~
欧米人の死生観と日本人とは大きく違います。臓器移植が盛んに行われている欧米、臓器移植が進まない日本とを比べれば分かります。欧米では心臓や肺などの臓器が他人に生かされていることで、故人の一部が生きているという考え方をします。それと対照的に、日本人は情緒的に死をとらえ、臓器移植に消極的です。
その考え方の違いは「告知」という問題でも際立っていました。1984年7月発行の作家吉村昭氏著「冷い夏、熱い夏」(新潮社)。小説と言っても、中身は吉村氏の弟(当時、50歳)が1980年に肺癌で入院、その1年後に亡くなるまでの様子を描いています。兄は医者から癌告知を受けますが、その事実を弟に隠し通します。「お前は死病にとりつかれている、とは言えない。もし言える人がいるなら、それは大変な思い上がりだ」と吉村氏。医者も本人には癌であることを隠し続けました。
これに対して、化学者杜祖健氏著「続身のまわりの毒」(東京化学同人、1993年10月)には、吉村氏の弟とほぼ同じ時期の1978年12月に、本人が大腸癌と診断され、手術を受ける様子を書いています。48歳でした。
注腸造影によるX線検査で大腸腫瘍と診断されます。内科医は「大腸に腫瘍が見つかったから、手術で取り除くべきだ。この街には外科医が20人ほどいるから、好きな外科医を選びなさい」と”告知”されます。その後、手術を担当する外科医から「ここにできる腫瘍は癌である可能性が高い」「再発したからと言っても、すぐ死ぬとは限らない。化学療法もあるし、放射線治療もある。それで助かる人もいる」。杜氏はそれらの遠慮ない物言いに気落ちした、と書きます。
杜氏の場合、手術は成功して、費用が5000ドル(本人負担は1000ドル)ほど掛かった、と言います。吉村氏の小説では金銭的なことは何も出てきません。最後には杜氏は「癌を宣告されるのは、死刑を宣告されるのと同じ気持ちだ。日本のように患者本人に知らせないほうがいいか、米国のように本人に知らせるべきか、人によって違う。私は癌であることを知らされてから、生きている一瞬一瞬のありがたさが身にしみた。そして、なにごともすぐに行うようになった」。果たして、どちらのほうがいいのか。
吉村氏の小説から20年。日本の「告知」は過去と違ってきています。
この記事は2005年8月14日現在の状況を元に作成されたものです。
その後さまざまな変化があることはご了承ください。
